メジロ牧場 白の血脈 その6

 

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輝光ーメジロライアンはその後G1を勝ちきれず、
それでも1991年の宝塚記念を制し種牡馬入りを
はたしました。

競走成績ではマックイーンに劣るものの、産駒の
成績は優秀なものでオークスなどG1を5勝した
メジロドーベルやライアン自身が叶えられなかった
天皇賞春を勝ったメジロブライトなど種牡馬として
大きな成功をおさめました。

輝峰ーメジロパーマーは三歳から五歳にいたっては
全く良いところがなく、

一時は障害戦に転向したが飛越が下手で再び平地競走
に帰ってきた六歳から才能が開花し1992年宝塚記念、
有馬記念の春・年末の両グランプリを制した。

史上4頭目の快挙であった。

しかも障害競走から再び平地競走に戻ってのG1制覇は、
2012年現在においても唯一の馬である。

オーロラの62ーメジロマックイーンは競走成績は
素晴らしかったが、種牡馬としては目立った産駒は
のこせなかった。

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親子四代となる天皇賞制覇も叶わなかったが、
しかし白の血脈は死んではいなかった。

母父として良い仔がではじめたのである。

特にサンデーサイレンス系のステイゴールドと
抜群の相性をみせ、母オリエンタルアートの子の
ドリームジャーニー、オルフェーブル
兄弟、母ポイントフラッグの子のゴールドシップ
などの活躍で、ステイゴールドと配合するために、
乗馬となったマックイーン産駒の牝馬が買い戻される
事例まで起こっています。

中でも七冠馬となったオルフェーブル
(フランス凱旋門賞二着2回)や二冠馬の
ゴールドシップ(同じく14着)は日本どころか
世界も視野に入れた競争馬となっています。

メジロが作り上げた重厚な血脈はいつの日か
世界のG1を制覇する馬を作り出す可能性さえ
秘めているのです。

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