メジロ牧場 白の血脈 その5
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オーロラの62ことメジロマックイーンは
条件戦である嵐山特別を2着したあと、
菊花賞に駒をすすめてきたのでした。
そして遅咲きのステイヤーはいよいよ
開花をはじめたのです。
1991年4月京都競馬場、北野豊吉氏の写真を
握り締めたミヤさんの姿がありました。
その日はメジロ牧場にとって特別な日でした。
メジロマックイーンの天皇賞春挑戦の日であるのです。
メジロマックイーン
(父メジロティターン 母メジロオーロラ)
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豊吉氏が守りつないできた、
その血が新たな挑戦の時をむかえたのです。
勝てば父子三代の天皇賞制覇という史上初
の快挙となるのでした。
メジロの関係者が見守る中、マックイーンは
先行し抜け出すという危なげないレースで快勝して
みせたのです。
この瞬間、豊吉氏の悲願、メジロ牧場の大命題、
そして白の血脈が完結したのでした。
マックイーンは1992年春の天皇賞も連覇し、
その後も長距離戦に無類の強さを発揮し
1993年に引退するまで日本競馬界を支える
アイドルホースで有り続けました。
育成では全く目立たなかったオーロラの62は
大器晩成の血脈通りの花を咲かせたのでした。