疾風のレクイエム その2

   2015/01/24

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1967年の夏、馬主資格をとったばかりの内村正則氏は
浦河にある岡部牧場を数人の仲間とたずねていました。

馬主として初めての持ち馬を探すべく別の牧場を訪れ
た内村氏だったが目をつけていた馬は既に買い手が付き
手に入れることはできなかった。

意気消沈したもののその牧場で岡部牧場に
「面白い」馬がいると聞き、訪ねてきたのである。

第一房龍と名付けられたその馬はひとり寂しく
馬房の中にたたずんでいた。

聞けば房龍は先天的に脚が変形しその為買い手もつかず
2歳になっても牧場に残っているというのである。

競争馬にとって生まれつきの脚部不安は致命的ということも
その時の内村氏にはよく理解出来ず、買い手がつかねば処分
されてしまうであろう

そこに居る小柄な牝馬が、唯唯かわいそうでその馬を
買うことにしたのでした。

トウカイクインと名付けられた第一房龍はこうして
内村氏の持ち馬第一号として走りはじめるのでした。

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そして大方の予想を覆すように走るはずのないクインは
七歳まで走り続けるのです。

そればかりか足に負担が掛かるスピード競馬はダメで
あっても、足元の柔らかい湿った馬場では実に献身的に
走り6勝をあげたのです。

「面白い」と言われた意味がわからなかった内村氏も
競馬のことに詳しくなるうちにトウカイクインの血統の
中にその「面白い」理由をみつけるのです。

このトウカイクインこそあの悲惨な末路をたどった
ダービー馬ヒサトモが唯一残した牝馬ブリューリボンの
孫でありヒサトモの玄孫に当たる馬であったのです。

悲運の名牝の末裔が今、自分の手元で生きながらえている
その思いとトウカイクインの健気さに内村氏のこの牝系への
思い入れは決定的なものになるのです。

消え入りそうな微かな血脈、しかし偉大なる牝祖の血脈は
内村氏との縁によりその命をつなげたのでした。

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