奇跡の名馬 クラキンコ 3
2歳になったクラキンコは競争馬になるための能力試験をうけますが、
走る気をみせずぎりぎりの合格タイムで試験を通過しました。
たいていの馬は800mを53秒台で走るところを57秒5という
とんでもなく遅いタイムでの走行だったそうです。
父クラキングオーも能力検査はビリだったといいます。
そんな気性も遺伝していたのか、
優等生の走りではなかったようです。
競走馬といえどもどの馬も最初からガンガン全力で
走るわけではなく、
利口な馬ほど環境の変化に敏感になり、
慎重になるものなのかもしれませんね。
クラキンコが能力の片鱗をみせたのは、
デビュー戦であるフレッシュチャレンジでした。
能力検査の結果から11頭の6番人気に甘んじていましたが、
2番手追走から直線で抜け出す競馬をみせ、2着に好走したのです。
勝った馬は翌年、大井の重賞を征するシーズザゴールドという
素質馬であり
3着との着差は8馬身という負けて強しのレース内容でした。
そして次走2走を勝利し初戦がフロックでないことを
証明してみせました。
クラキンコが本格化した姿をみせたのは三歳時でした。
北海道三冠レースの一冠目である北斗盃では、
中団から内側をつき直線では抑える余裕をみせての完勝。
二冠目である北海優駿(中央では日本ダービーのようなもの)は
4番手から先頭に立ち直線でも南関東から参戦してきた三頭を完封
してみせ、これも強い勝ち方で勝利しました。
父クラキングオー、母クラシャトルそして娘のクラキンコ。
親子二代の北海優駿優勝という最初の偉業が達成されたのです。
能力試験の結果がうそのようにここまで圧倒的な強さで
快進撃を続けてきたクラキンコでしたが、
この最後の一冠である王冠賞を迎えるにあたっては必ずしも
順調とはいえませんでした。
直前の華月賞を熱発で回避しローテーションに狂いが生じて
しまっていたのです。
大きな不安をかかえながらも
断然の一番人気を背負いスタートが切られました。
距離は三歳の牝馬が負うには過酷とも思われるダートの2600m。
しかし父からもらったスタミナと母から受け継いだ
パワーあふれる馬体、
そして持前の勝負根性で見事先頭でゴールを
駆け抜けたのです。
この瞬間北海道競馬初の牝馬による三冠が達成されたのでした。
門別競馬場でその激走を見届けた人々から温かい拍手が
送られその偉業がたたえられました。
この年、
活躍が認められ北海道競馬の年度代表馬にも選ばれています。
倉見牧場が執念で守り抜いたクラキングオーの血脈。
その世代唯一の産駒であるクラキンコが
史上4頭目(牝馬初)の三冠馬になる。
その確率は天文学的数字であり、
それは、
まさに奇跡の出来事以外の何物でもありませんでした。
さらに倉見牧場の奇跡はこれだけではおわりませんでした。
クラキンコの全弟にあたるクラグオーが北海優駿と
道営記念を征しクラキングオーの名をさらに
高めるとともに、北海道競馬に衆目を集めるの
にさらに貢献するのです。
クラキングオーのキンをもらったクラキンコ、
そしてグオーをもらったクラグオー二頭の孝行姉弟は、
衰退しつつあった北海道競馬の盛り上げに大きな役割を
はたしたのです。
その後も競走生活を続けたクラキンコでしたが
2013年10月引退を表明し、
故郷の倉見牧場に戻り繁殖牝馬としての
第二の馬生をスタートさせました。
2015年に生まれた初仔はキングズベストの牡馬で、こ
れは自身が現役の時に勝利したレースの副賞でもらった
種付権を行使したものです。
順調に成長すれば2017年に新馬戦を迎えることとなります。
名を「クラトキン」といいます。
どこかでこの名を見かけたら応援してあげてください。
一方クラキングオーは2010年10月、娘のキンコが三冠を
達成するのを見届けたかのように天に召されます。
死因は心不全 まだ13歳の若さでした。
完治しようもない脚のけがとむきあう毎日。
生涯残した産駒数はわずか3頭だったのですが、
そのうちの2頭が重賞を制覇しました。
これも奇跡の種牡馬といえる偉業だと思うのです。
そしてもう一つの奇跡。
それはクラキングオーのラストクロップであるクラグオーが
種牡馬入りを果たしたことです。
倉見牧場の自家用種牡馬の色合いが強いのではありますが、
これでクラキングオーの後継種牡馬ができたことに加え、
一時いなくなってしまったマルゼンスキーの血脈をつなぐ
貴重な種牡馬となったことも評価されるべきことです。
できるだけたくさんの繁殖牝馬を集め活躍馬を
送りだせることを祈るばかりです。
今後はクラキンコやクラグオーの産駒達が活躍し倉見牧場や
北海道競馬をさらに盛り立てていってもらいたいものです。