ヒカルイマイ  サラ系の名馬 その3

   2014/10/31

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ダービーを物凄い豪脚で制したヒカルイマイでした
が秋の菊花賞を前に体調を崩し

おまけに

屈腱炎を患い長期休養にはいります。

その後復帰を図るべく努力がなされましたが、
結局2年の休養の後引退を余儀無くされました。

ダービーの勝ち方から無事なら三冠を期待されたし、
古馬としても活躍が見込めただけに惜しまれる引退でした。

引退の後種牡馬となったヒカルイマイでしたが
ここでも彼にサラ系の血の壁が立ちはだかります。

当時は輸入種牡馬全盛の時代で内国産種牡馬は
影が薄くしかもサラ系であった彼の需要は、
二冠馬でありながら皆無に近いものでした。

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北海道から鹿児島に渡った彼は細々と
その役目を果たしていました。

そんな行く末を心配した彼のファンの有志は
「ヒカルイマイの会」なるものを立ち上げ彼を支え始めます。

寄付を募り彼の餌代を牧場に送ったり、
彼の繁殖牝馬を購入する資金を提供したり、

影で彼をささえます。

ヒカルイマイを置く服部牧場も彼が心臓麻痺で
この世を去るまで(25歳であった)終生面倒を
見続けます。

服部牧場には彼のために積立られた余剰金で
ヒカルイマイの墓碑が建立されたそうです。

こうして、けして恵まれた生い立ちといえなかった
彼ですが

自身の努力と周りの人達の温かいおもいやりで
幸せな余生をすごすことができたのです。

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